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「出張!なんでも鑑定団」で伊東温泉 湯の庭のお宝が鑑定されました!

このたび「ラフォーレ倶楽部 伊東温泉 湯の庭」で保管されていた東郷平八郎の書が、テレビ東京系列人気番組「開運!なんでも鑑定団」の「出張!なんでも鑑定団 in 伊東温泉」にて鑑定されました! 放送を受けまして、今回は当館と東郷平八郎との繋がりや、実際に鑑定されたお宝をご紹介いたします。

東郷平八郎と「伊東温泉 湯の庭」の関係

明治38年5月、日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を相手に大勝利を収め、その戦法の大胆さで世界を驚かせた東郷平八郎元帥。
元帥と「伊東温泉 湯の庭」との繋がりは、当館の前身である「東京館」時代までさかのぼります。
彼がはじめて東京館を訪れたのは、日露戦争後のこと。
東京館にかかっていた「石五郎」という表札をきっかけに、それからの伊東びいきがはじまったのでした。

かつての東京館かつての東京館
東郷元帥が使用した煙草盆東郷元帥が使用した煙草盆
東郷平八郎元帥東郷平八郎元帥

この「石五郎」とは当時の東京館のオーナーであった豊島石五郎氏。
彼は、かつて南洋に商売へ出た際にグアム島で難船したことがあり、そこで島民に助けられたお礼として、島へ多額の寄付を行っていました。
島民はそれを受けて大いに喜び、記念の石碑を建てたといいます。

東郷元帥はまさにその石碑を、南洋へ出た際に見かけていたのでした。

表札に書かれた文字と石碑の名前が一致した元帥は石五郎氏を訪ね、 そこで二人はすっかり意気投合、それから元帥はたびたび東京館に逗留するようになりました。
逗留を重ねる中で東郷平八郎元帥が愛用の風呂に授けた名前が「健身湯(けんしんとう)」。

元帥がひとかたならぬ想いを込めたこの湯は、東京館から「伊東温泉 湯の庭」にも引き継がれ、今もなお変わらず蕩々と湧き続けています。

現在の健身湯現在の健身湯
元帥の筆を元に作られた木彫りの看板元帥の筆を元に作られた木彫りの看板
当時から引き継がれてきた火鉢当時から引き継がれてきた火鉢

東郷平八郎の書

ホテル1階、現在の健身湯につながる湯上り処に東郷平八郎元帥の書が飾られています。
この3枚の書の中から左の2枚が鑑定を受けました。

湯上り処湯上り処
向かって左の2点が鑑定を受けました向かって左の2点

今回の鑑定により、この作品が実は合作であったことが判明いたしました。
向かって左の2枚はどちらも東郷平八郎元帥が書したもの、白鶴の絵は、明治時代の日本画家 川端玉章の弟子である諸星成章の手によって描かれたものでした。
これらは大正二年(1913年)の秋に東郷元帥が豊島氏宅に宿泊した際のものと書には書かれています。

下記にその全文を掲載いたします。

白鶴帰来海月涼

白鶴帰来
海月涼

白鶴(はくかく)帰り来(きた)り、
海月(かいげつ)涼(すず)し
平八郎書

訳:
空に白い鶴が帰ってきて、
海面に浮かぶ月の姿はいかにも涼しい風情である。

白鶴帰来海月涼

水色山光引
興長

水色(すいしょく)山光(さんこう)、
興(きょう)を引くこと長し
癸丑秋宿豊嶋氏 東郷書

訳:
目に見える海や山の景色に、
興味はいつまでもつきないことだ。
大正三年(1914)の春に東京館で書す。